KOHII
あの景色を見て夢が変わった

Meets

あの景色を見て夢が変わった

バリスタなどコーヒー業界の方々やさまざまなジャンルで活躍されているクリエイターの方々は、普段どのようにコーヒーライフを楽しんでいるのでしょうか。 Meetsは、業界をリードする人たちやチャレンジし続ける彼ら彼女らの世界を、コーヒーを通して深掘りしていく企画です。

本日のゲスト

Miyamoto Natsuki oran デザイナー / バリスタ 取り扱う全ての下着にオーガニックコットンの生地を使用し、シンプルながらも機能性とデザイン性を兼ね備えたoran。そんな下着をプロデュースしている宮本さんは、デザイナーでありながら、バリスタとしてもカフェに立つこともあります。デザイナー業務やブランドを運営していく多忙な生活を送る中で、彼女はなぜカフェに立ち続けるのか。oranというブランドを紐解いていくうちに、その理由が明らかになっていきました。 宮本さんの元職場であるSTREAMER COFFEE COMPANY 中目黒店で、インタビューをさせていただきました。

宮本さんの元職場とあって、終始穏やかな雰囲気で、リラックスしてインタビューを進めることができました。是非最後まで読んでいただけると嬉しいです。 By KOHII Creator Seiya

大人の世界に触れた

ーーはじめに自己紹介をお願いします。 宮本さん:ミヤモトナツキ、大阪出身、好きな食べ物はもやしナムルです。18歳の時にダンス留学で3ヶ月間アメリカに行っていました。その時もコーヒーは好きだったのですが、日本のコーヒー文化とはまるで違う印象を受けました。アメリカのコーヒーショップに行った時は、大人の世界に足を踏み入れている感覚になりました(笑) 住んでいた家の近くにはコーヒーショップがたくさんあったので、そこから自然と毎日コーヒーを飲むようになった気がします。

3ヶ月でガラッと変わった夢、そして人生

ーー帰国してからもコーヒーの楽しみ方は変わりましたか? 宮本さん:日本に帰ってきてからは街の小さなコーヒーショップにも目がいくようになりました。それで同じ店に何度も通うようになりましたね。 ーーダンス留学に行かれていたということは、将来的にダンスに関わるお仕事がされたかったのかなと思ったのですが、帰国後もダンスに熱中していましたか? 宮本さん:それが、留学に行ってからダンス熱が全くなくなりました。留学で過ごした3ヶ月間で私の人生が大きく変わったのです。6歳からダンスを始めて、その頃からダンスに関わるお仕事がしたいと思っていましたが、帰国してからはその夢が綺麗になくなっていました。 私はLAでふらっと立ち寄ったランジェリーショップではじめて見るきらびやかな下着に衝撃を受けました。日本では見たことがないゴージャスな下着の数々にとにかく圧倒されました。あの日見た景色は今でも忘れられません。 私を含め世間一般の18歳は下着にあまり興味がなくて、カルバン・クラインなどありふれたものを、こだわりなく身につけている印象がありました。 だからLAで見たランジェリーはまるで宝石のようにキラキラしていて、これぞ女だって感じたのです(笑) ーーなるほど、この経験がのちにoranのプロデュースに繋がってくるのですね。帰国後すぐにoranを立ち上げたのですか?

疲れる世界と癒される世界

宮本さん:いえ!まずは下着だけではなく、アパレルについて学びたいと思ったので、帰国後は、外資のアパレルで働きました。アパレル業界でのお仕事はすごく楽しくて充実してました。 大阪のセレクトショップで働くことになった時、目の前にコーヒーショップがありました。そこにはたくさん通って、強い影響を受けましたね。 ーーバリスタになろうと思ったのもこの時期からですか? 宮本さん:そうですね。日本のアパレル業界は個人売り上げがあって、良く言うと切磋琢磨、悪く言うと落とし合い。そんな世界に対する疲れもあったので、目の前にあるコーヒーショップに毎日通って癒されていました。

25歳という節目

宮本さん:当時付き合っていた彼が東京で働くことになって「ナツキも来る?」って言ってくれてたので「行く行く」と言ってついていくことになったんです(笑) 新しいことにチャレンジするにはちょうどいいタイミングかなと思って、ストリーマーに応募したら合格をもらえてバリスタになることができました。 ーーなるほど。ストリーマーのスタイルとナツキさんの生き方はすごく合ってる気がします。 宮本さん:ストリーマーは自主性を重んじてくれるから、合ってたと思います。最終ゴールはあくまでお客さんに喜んでもらうことであって、ストリーマーは目指すべき方向性は示してくれるけど、あれじゃなきゃダメ、これじゃないとダメとかはなかったです。 現場に立つ自分たちを信じてくれるのがストリーマーの良さだったので、働いていてすごく楽しかったです。ですが、3年働いて25歳になった時はとても悩みました。このままでいいのかなって。 第1部はここまで。第2部ではいよいよoran立ち上げのストーリーへ! 宮本さんがブランドに込めた想いも語ってくれています。お楽しみに!

Miyamoto Natuski

18歳で留学したカリフォルニアで「アパレル」の世界に興味を持つ。帰国後、外資企業のアパレルブランドで働きはじめ、次第にアンダーウェアのブランドを始めたいと強く思うようになる。22歳の頃、引き続きアパレルブランドで働きながら、vantanの「ランジェリーデザイン科」でランジェリー制作について学ぶ。 卒業後、拠点を東京に移し、「ストリーマーコーヒーカンパニー」でもともと興味があったコーヒーのお仕事をスタートさせ、同時にブランド設立準備も進める。26歳で、アンダーウェアブランド「oran」設立し、現在は、oran と両立しながら、バリスタ、グラフィックデザイナーとして活動中。

oran

ありのままが美しい。枠に捉われず、強く開放的に毎日を生きる人達に贈るコンフォータブルウェアを展開。 サスティナブル素材を使用し、染色や縫製に至るまでその全ての工程において職人による日本国内生産、ブランド存続が社会貢献となる活動である様常に環境に配慮し、公正な製品作りを心がける。 国やシーン、シーズンを問わず様々なライフスタイルに合わせて楽しんで頂けるようカットソーやフリップフロップに合うベーシックなデザインをベースに、遊び心も垣間見える、大人の無邪気さをもち合わせた製品をラインナップしている。 日本を拠点に2021年に設立。 A cup of KOHII with Love (執筆:Seiya、撮影:杉澤美紅)

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