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コーヒーベルトを超えて、日本のコーヒー農園の挑戦

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コーヒーベルトを超えて、日本のコーヒー農園の挑戦

コーヒーベルトに日本は含まれるのか

北緯25度から南緯25度にかけて位置しているコーヒーベルト。日本は四季の変化がはっきりしており、一年間の温度差が激しいため、一般的には自然にコーヒーが育つことは難しいとされています。しかし、日本の中でも小笠原諸島や沖縄といった地域は、コーヒーベルトの近くに位置しているため、一年間の温度変化が他の地域に比べて少なく、古くからコーヒー生産の可能性があると考えられてきました。

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日本におけるコーヒー栽培の歴史

沖縄にコーヒーの木が入ってきたのは、約90年近く前であり、研究用に持ち込まれたものが最初だと言われています。明治の頃、政府は小笠原諸島と沖縄で国産のコーヒー豆を生産しようと試みました。最初にコーヒーの栽培が行われたのは、小笠原諸島の父島です。海軍中将・榎本武揚(えのもと たけあき)がインドネシアのコーヒーの苗を試植したことから日本のコーヒー栽培の歴史は始まります。

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それから、種苗を小笠原諸島より取り寄せ、沖縄でも栽培が始まります。しかし、第二次世界大戦により、戦時中は島民が強制的に疎開させられることになり、終戦後、アメリカから領土が返還されるまで、島民は帰島できず、日本でのコーヒ生産は一時期中断しました。

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日本産コーヒーにおける課題

日本のコーヒー生産者は多くの課題に直面しています。毎年、必ず起きる台風被害、コーヒー生産地の標高の低さなど自然環境といった根本的に解決できない問題に生産者は向き合わなければなりません。特に日本のコーヒー農園は規模が小さく、生産量が少ないために、収穫されたコーヒーの価格は、その希少性により高く設定せざる得ないため、商品化が難しいです。そのために日本がコーヒーの主たる生産地になることはまだ厳しいという見方が多い現状です。

試行錯誤を経て、日本初のスペシャルティコーヒーが誕生

しかし、劣悪な環境条件を乗り越えて、2016年11月2日、沖縄県国頭村にあるアダ・ファームの徳田さんの農園で日本初のスペシャルティコーヒーが誕生しました。カッピングスコアは84.67点。フレーバーコメントには、ナッツ、ピーチ、紅茶、オレンジ、かすかにメロン、かすかにチョコレート、トロピカルフルーツのような複雑なフレーバーが記載されてありました。日本では不可能と言われてきたスペシャルティコーヒーの生産に成功した背景について、農園主の徳田さんは、‟奇抜なアイデアや技術ではなく、1つ1つの工程を探求し、積み重ねている姿があった”と述べました。

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長年に渡って試されたコーヒー栽培を通して得たノウハウによって、日本のコーヒー生産事情は年々、改善されています。現在は主にブラジルから持ち込まれたムンド・ノーボ をはじめ、カトゥアイやブルボンなど国内で栽培している品種も増えています。

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コーヒー生産地になることで、地域のコーヒー文化が盛り上がる

また、国内でのコーヒー栽培はコーヒー文化の発展に良い影響を与えています。主たる栽培地である沖縄では、地元の豆を使うことで沖縄のコーヒー文化に付加価値を高めることができ、ここでしか味わえないユニークなコーヒー体験を生み出すことに成功しました。 沖縄もまた台風や標高の不足などコーヒー栽培における課題を抱えていますが、生産者の多大な努力によって量・質ともに発展しています。また、嫌気性発酵(アナエロビック・ファー面テーション)のような様々な精製方法が国内でも試されている中、コーヒーの世界地図に載せることができるユニークなコーヒーが沖縄で登場する日もそんなに遠くはありません。

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コーヒー好きにとって、コーヒーの栽培様子を見ることができるほど、楽しみなものはありません。コーヒーの生産現場に触れ、はじめて見えてくる農作物としてのコーヒーの本質。その体験が国内でできるだけでも、コーヒー栽培への挑戦は大きな意義を持っています。 A cup of KOHII with Love (執筆:Jongmin)

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